空の旅と身近な風景


飛行機での旅が大好き!
by 彩雲
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<   2014年 08月 ( 6 )   > この月の画像一覧


獅子岩を見て熊野市で一泊しました。

自然が造り出した素晴らしい鬼ヶ城の景色を楽しんだ後、車で5分ほど移動し、こちらも鬼ヶ城と同じく荒波と地盤の隆起によって造られた獅子岩と呼ばれる岩山を訪れました。
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獅子岩を見渡すことができる場所にあった案内板には、高さが約25m、周囲は約210mの岩魂で海岸の遺物と認められる。獅子が大洋に向かって吠える形をしている・・・など書かれていました。

こちらも自然が造り出したものですが、見ると本当に獅子が熊野灘に向かって吠えているかのように見えました。
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獅子岩を見て、この日は熊野市内にあるホテルに宿泊しました。

翌朝、8時半にホテルをチェックアウトして次の目的地へ向かうためJR熊野市駅近くのバス停まで向かいました。

日曜日の朝ということで人影もまばらで、静かな中、ホテルを出発して間もなくの熊野市駅の線路を挟んで反対側の歩道を歩きました。
つつじが咲く歩道の向こう側には、熊野市駅のホームにあるうどん屋さんが見えたり、ホームとホームを結ぶ跨線橋があったりして、なぜか自分の故郷にある駅を思い出すようなホッとする感じの駅の様子を伺うことができました。
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駅の様子を見ながら、歩道橋を渡り駅舎のある側に到着しました。
駅舎の前にはタクシーが数台停車しているだけで、静かな雰囲気でした。
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駅をバックに1~2分ほど歩き、バス停に到着しました。
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ここのバス停からは、名古屋をはじめ県庁所在地の津や東京池袋・大宮方面行のバスが停車します。

しばらく待っていると、津行のバスがやってきました。
このバスに乗り、津市へ向かいます。
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バスは熊野市駅前のバス停を出発し、数分ほど経つと自分が座っている反対側の窓から海が見えていました。
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前の日は青空が広がり、青く美しい海の景色を堪能できましたが、この日は一変して朝からどんより曇り空の天気となり、空の色は今にも雨が降りそうな黒い雲で海の色は鉛色していました。
そんな中、防波堤では釣り糸を垂れている方がいました。

反対側の海の景色を見た後は、自分側の窓から見える里山の景色を楽しみました。
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by sai-unn | 2014-08-31 09:59 | その他 | Trackback | Comments(8)

鬼ヶ城を歩いて

熊野灘の荒波によって削られた岩場や地震によって隆起して階段状の地形となった名勝地である鬼ヶ城を散策してみました。

歩きやすく整備された遊歩道を歩きながら、海が間近に面している岩場で磯釣りを楽しんでいる方の姿が見られたりして、観光で訪れた方以外にもレジャーで訪れている方も多いのだなぁ~と思いながら進みました。

すると、鬼の角が生えているような大きな石がありました。
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この石には、作家の井上靖さんがこの地に住む友人に贈った誌歌が刻まれていました。

詩碑を見た後、荒波によって削られた平らな岩場を見ながら進むと、鬼ヶ城と書かれた看板がありました。みなさんここで看板と一緒に記念撮影する所なんだろうなと思いました。
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鬼ヶ城の看板を過ぎ、遊歩道の先にはサメが口を開けているような岩が海に向かって突き出していました。
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さらに進むと次第に迫力が増してきます。
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どんどん進むと、サメが口を開けたような形から表現が少しおかしいかもしれませんが、ゴジラが口を開けているような姿に見えてきました。(笑)
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岩場の形にも特徴がありましたが、岩の表面を見ると蜂の巣状になった風蝕痕と呼ばれるものが見られました。
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自然が造り出したダイナミックな地形を見て、自然の力のすごさを改めて感じました。
波の音だけが聞こえる鬼ヶ城に1隻の漁船と思われる船のエンジン音が響く中、鬼ヶ城を後にすることにしました。
遊歩道を駐車場に向かって戻る途中で、物思いにふけっているのか、それともエサを探しているのか
アオサギさんらしい鳥が岩場にいました。
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by sai-unn | 2014-08-24 09:23 | その他 | Trackback | Comments(10)

再び熊野市へ

熊野速玉大社を訪れて、建物をはじめ大きなしめ縄や御神木などを見て厳かな気分になりました。

しばらく境内を散策した後、大きな熊野川に架かる橋を渡って再び三重県に入り、名古屋からバスに乗車して降りた熊野市まで戻りました。

少し陽も傾き始めた頃、熊野市内にある観光スポットに向かいました。
国の天然記念物や名勝、さらに日本百景にも選定されている鬼ヶ城と呼ばれる場所に向かいました。

鬼ヶ城は、海による浸食や地震による隆起などによって作られた岩場が1kmほど続く場所で、伝説によると坂上田村麻呂が恒武天皇の命により、この地で悪さをしていた鬼と呼ばれるほど恐れられていた海賊を征伐したとされています。

鬼ヶ城まですぐそばというところまでに向うと、早速怖そうな赤鬼の人形が出迎えてくれました。
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駐車場に車を止めると、穏やかな海が見える入り江の美しい景色が広がっていました。
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駐車場に1台の車が止まっていて近くを通った際にナンバーを見たら、山形県の庄内ナンバーでした。まさかここで山形県の車を見るとは思わず、声を掛けたくなる衝動に駆られました。(笑)

歩いて間もなくすると`鬼の家`という大きな看板を掲げたお土産などを売っているお店があり、観光で訪れた方々がベンチに腰掛けて休んだりしていました。
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名勝"鬼ヶ城"と書かれた木の案内標識を写真に収めて早速、遊歩道を歩いてみました。
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緩やかな下り坂の遊歩道を歩いてると穏やかな海の景色が広がっていました。
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波の音と心地良い潮風を感じながら遊歩道をさらに海に近づくような形で進んでいきます。
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遊歩道を歩いていると、岩場で磯釣りを楽しんでいらっしゃる方がいました。
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by sai-unn | 2014-08-17 09:37 | その他 | Trackback | Comments(10)

熊野速玉大社を訪れました。

現在、台風11号が北上し、各地に大雨や強い風をもたらしていますが、しばらく雨や風の影響が出ますので外出する際にはどうぞお気を付けいただきたいことと、これ以上被害が出ないことを祈るばかりです。

では旅行記を続けます。
徐福公園で徐福さんのことについて学ぶことができ、さらに公園内のガイドさんと山形の話で盛り上がりとても楽しい時間を過ごすことができました。

公園を後にして、車で10分ほど移動したむ場所にある熊野速玉大社を訪れました。

熊野速玉大社は熊野三山の一つで、全国数千余りの熊野神社の総本宮となっており世界遺産の一部となっています。

車を駐車場に止めて、厳かな気持ちで参道を歩きます。
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参道を歩いている国指定天然記念物と書かれた表示板のある大きな木がありました。
この木は平安時代の武将であった平清盛の嫡男で熊野三山造営奉行であった平重盛が社殿の落成に合わせて平治元年(1159年)に手植えされたとされる梛(なぎ)が850年余りの歳月をかけて、幹回りが約6m、高さが約20mの大木となり今も生き続けています。
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歴史を感じる梛の大木を見ながら神門と呼ばれる門のある方向に向かいました。
神門は朱色が映え、大きなしめ縄が飾られていました。
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神門の左右には、虎と思われる動物と馬と梅が描かれている透かし彫りが飾られていました。
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神門を抜けると鈴門(れいもん)と呼ばれる建物や拝殿があり、拝殿にも長さが3.6m、直径50cm、重さが約150kgもある大きなしめ縄が飾れていました。
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最後に、境内にある世界遺産と刻まれた石碑をパチリして熊野速玉神社を後にしました。
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by sai-unn | 2014-08-10 09:50 | その他 | Trackback | Comments(8)

三重県から和歌山県へ

先日UPしましたこれまで乗ってきた車から新しい車に替えたことについて、みなさんからたくさんのコメントをいただきました。ありがとうございました。
新しい車も大切にしていきたいと思います。

三重県の旅が途中となっていましたが、再開します。

道の駅"紀宝町ウミガメ公園"で泳いでいるウミガメを間近に見ることができました。
この周辺ではウミガメが産卵する場所があるとのことですので、産卵場所の環境がいつまでも大切に保存されることを祈って道の駅を後にしました。

駐車場に止めた車に乗り込む前に、ベンチと子供さん向けの可愛い動物の乗り物があったので写真を撮りました。乗ってみたいような気がしましたが、きっと乗ったら壊れてしまうだろうなと思い写真だけにしました。(笑)
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道の駅を出て、再び国道42号線を南下しました。
しばらくして大きな川に架かる橋を通りました。この川は奈良県、三重県、和歌山県を流れ熊野灘へと注ぐ熊野川で、通っている橋は河口付近に架かる橋となっており三重県と和歌山県の県境でした。
写真は左側が三重県、右側は和歌山県です。
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橋を渡っている途中で和歌山県新宮市に入りました。
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新宮市内に入り、徐福公園という公園を訪れました。
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公園の名前かあまり聞き慣れないなぁ~と思いながら公園の出入り口にある門が中国風な感じがしました。公園内に入り、徐福公園の由来などについて書かれた案内板があったので見てみると、徐福という方が中国がまだ秦の時代だった頃の著名な方士で、秦の始皇帝より東方海上にあるといわれる不老長寿の薬を探すよう命を受け、7人の重臣と三千人の童男童女を乗せた大きな船で、不老長寿の薬があるとされた今の熊野地方に辿り着きました。
この地で薬を発見しましたが、風光明媚で温暖な地、さらにこの土地の方々の温かさに触れて、この地に永住することを決意し、この地を開拓し、農耕や捕鯨、紙漉きなどの文化を伝えて、全国に広めたとのことです。
こちらの公園は徐福のお墓があった場所を中心に1994年(平成6年)に完成しました。

徐福さんという方をこの時初めて知りました。今の日本に根付いている文化を広めたすごい方なんだなぁ~と感じました。

写真は徐福さんのことについて書かれていた案内板と秦の国からたくさんの人を乗せて日本にやってきた大きな船が描かれていました。
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徐福さんのことを知り、公園内を散策しました。
海外旅行にはまだ行ったことはないのですが、まるで中国国内を旅行しているような気分になりました。
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散策している徐福さんの像と不老の池と呼ばれる池がありました。
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さきほど書きましたが、徐福と一緒に秦の国から7人の重臣もこの地に辿り着き、この地を拓いた祖として今も敬われています。
その7人が有していた品性、人格の徳が刻まれている7つの石柱が池の中に建ち、それぞれの石柱を結ぶ石橋あり、石橋を渡ってそれぞれの石柱を触ると徳が授かるということだったので、石橋を渡ってそれぞれの石柱を触ってきました。
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今回、この公園を散策していると公園を案内してくるボランティアの女性の方から声を掛けられて、公園について説明をして下さり、余談としてどこから来たのかなどいう話になり、山形から来たことを言うとその方のご友人が山形市に住んでいて、訪れたことがあるという話になり、いろいろと話が盛り上がって30分近くお話をしてしまいました。
まさか和歌山で山形の話で盛り上がるとは思わず、これも旅の面白さなんだな~と思いました。
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by sai-unn | 2014-08-09 11:33 | その他 | Trackback | Comments(4)

10年間共にした愛車から新しい車へ

三重県を旅した旅行記の途中ですが、これまで10年間、ドライブであちこちに出掛け、通勤でお世話になった愛車を手放して、昨日新しい車へ乗り換えました。

これまでの感謝と共に10年間の間にあった出来事などを思い出しながら、勝手ながらブログに書かせていただきます。

今から10年前の福島市に住んでいた平成16年3月にこれまで乗っていた車から今の車に乗り換えました。
車を乗り換えたと言っても数キロ程度の職場との通勤がメインであまり遠出することはできませんでしたが、それでも片道約400kmほどある実家の八戸へ帰省したり、ドライブでお隣の新潟県や茨城県へも行くこともありました。
ある年、大雪となり住んでいたアパートの屋根の上から大量の固まった雪が車の屋根を直撃し、大きくへこむなどのハプニングもありました。

福島市では約1年間ほど使用し、その後、秋田市へ転勤となりました。
秋田では、男鹿半島や鳥海山、十和田湖など県内各地へドライブしました。また、足を延ばして青森県の津軽地方や山形県の庄内地方へも行きました。
秋田でも大雪に見舞われ、何度も積もった雪から車が抜け出すことが出来ずに多くの方に助けていただいたことがありました。

秋田で3年間過ごし、その後、山形市へ転勤となり、山形でも通勤の足となって活躍してくれました。
山形でも県内各地へ出掛けましたが、一番思い出に残っているのが、平成23年3月11日の東北地方太平洋沖地震にちょうどその日に車を車検に出していたので、停電して暖房の無い家の中より車の中で暖を取りながらテレビで情報を得たかったのですが、それができませんでした。

震災の年に仙台市へ転勤となりましたが、職場では車の通勤が認められていないため、歩いて通勤していたため車を使用する頻度がめっきり減ってしまい、土日に買い物程度で使用する程度となりました。

車の使用頻度が減ったため、バッテリーも上がったりすることも多くなり、燃費も今の車と比べて悪いことから燃費の良い新しく車に乗り換えることに決めて、昨日、新しい車が納車されました。

それでも納車前には、仕事の関係もあって仙台から山形市へ車で通勤することも多かったことから、最後を惜しむかのようにこの車に乗って、仙台や山形の街並み、そして山々の景色を楽しみました。

これまで一緒だったこの車に感謝すると共に、この次にこの車に乗る方に大切にしてもらえたらいいなと思います。

写真は、これまで乗ってきた車です。何度がブログにも登場しました。
ナンバープレートのねじに錆が付いていて過ぎ去った時間の長さを感じます。
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昨日、納車された車です。この車でもいろんなところへ出掛けて、みなさんにいろんな景色をお見せ出来たらいいなと思います。
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by sai-unn | 2014-08-03 09:45 | 日常 | Trackback | Comments(12)